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第二回忠臣蔵博士試験問題と解答(平成16年6月実施)

1.四十七士の各々の容姿は余りよく解っていませんが、背丈が高く大柄であったため、切腹を心配した細川家御預りの義士は誰?
2.義士吉田忠左衛門は、仙石邸へ自訴のみぎり、伯耆守の前で思わず隠したものがありました。下記のうちどれ?
  @懐刀  A口上書  B義士の数のこと  C怪我をした指  D武者わらじ 
3.義士吉田忠左衛門と姻戚関係にあった義士は次のうち誰でしょう。
  @寺坂吉右衛門  A間喜兵衛  B間瀬久太夫  C片岡源五右衛門 
4.義士討ち入り後、将軍徳川綱吉が報告を聞いて喜んだことが表記されている史料で、比較的早い時期に書かれたものは?
5.現在も泉岳寺四十七士の墓域に、義士の3回忌を供養するため建てられたお地蔵尊がありますが、誰が建立したのでしょう。
6.大石内蔵助の実母(クマ)の命日は?
7.元禄15年11月25日詠われた「とう人とかたること葉のなかりせは、身は武蔵野の露ときえん」とは、誰が詠んだ歌でしょう。
8.大石内蔵助に四歳で亡くなった娘(梅容童女)がおりますが、その俗名は?
9.義士たちの手紙に「トー」(ボクイチ)の符丁が見られますが、誰のことでしょう。
10.高家吉良上野介の茶道の師匠は誰?
11.討ち入りが始まってから裏門近くで、義士に大槌(かけや)で打倒され、大怪我をした吉良家の家臣は誰?
12.討ち入ってから、上野介の寝間に「上野介居り申さず」の貼り紙をした義士は誰?
13.義士間十次郎の槍は吉良上野介のどの部分を刺したことになったのでしょう。
  @ 胸の部分 A 足の部分 B 背中の部分 C 顔の部分 
14.義士大高源五は、元禄15年9月18日綿屋善右衛門から特に26両借用していますが、
   この金子は何をするために使われたと思いますか。
15.義士46名は2月4日に切腹をしますが、切腹の順番を後にされる格式ではないと、いささか不満を残しながら死んでいった義士は誰?
   
16.四十七士の中に、武士になる以前、商人だった人がいますが誰でしょう。
17.次の文章で間違っているのは、何番?
    (1)家老大野九郎兵衛は一代家老ではなかった。
    (2)家老安井彦右衛門は浅野長政の家系をたどる家柄であった。
    (3)家老大石良雄は21歳で家老見習いに入った。
    (4)家老藤井又左衛門らが、吉良上野介との折衝に当っていた。
18.元禄15年4月中旬、内蔵助の妻リクは豊岡へ帰りますが、その時、手を引いて連れて帰った子供の名前は?
19.近年になり、内蔵助の妻リクが、ある戦国武将の曾孫であることが分かってきましたが、何という武将でしょう。
20.幕末の絵師葛飾北斎と系譜がつながっていると言われている吉良家家臣は誰?
21.坂本龍馬が暗殺された部屋に、ある義士の手紙がありましたがその手紙の主は誰?
22.討ち入り当夜、義士を玄関に迎え斬り死にした吉良左兵衛の中小姓であった斉藤清左衛門の墓は、現在どこのお寺にあるでしょう。
   @万昌院功運寺 A片岡山華蔵寺 B祥雲山花岳寺 C竜光山円融寺 
23.月山祖潭信士とは、誰の戒名でしょうか。
24.大正8年11月に、従三位を贈位された赤穂浅野家の藩主がいましたが、受位された大名の名前を諱(いみな)まで書いて下さい。
25.吉良邸の隣家土屋主税(当主)の諱が達直(みちなお)となっている諸書が多いのですが、江戸時代は異体字が使われていたようで
   す。 次のうちどれと思われますか?
   @ 陸直 A 逹直 B 道直 C 満直 D 路直 
26.現在、東京大学が保管していて、明治23年頃まで、大石家の家宝であった「大石内蔵助・主税の木像」二体を彫った仏師の名前は?
   
27.「梶川氏の日記」などが写されている「丁未雑記」(筆記者複数)という書きものが東京大学に保管されていますが、
   特に「梶川氏の日記」の近辺を書き写した筆録者は誰?
28.泉岳寺にある義士寺坂吉右衛門の墓は、幕末三人の芸州町人の篤志によって建立されました。その三人とは誰?
29.大佛次郎の「赤穂浪士」の演劇中、必ず猫を膝の上において登場するのが「猫兵部」様ですが、
   この「猫兵部」の役を務めながら、実は猫が嫌いなため困った歌舞伎役者がいます。誰でしょう。
30.仮名手本忠臣蔵十一段目、師直邸の表門せいぞろいの場面で、トントントントントントンと低い音が流れますが、
   あれは何を表現している音でしょう。

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